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              第128番 ペナンに戻り。。    2011年10月


9月29日

ペナンへは10月3日シンガポール着ジェットスターを予約した。

今回、TOSAは御婆ちゃん船であちらこちらに問題があった。

御婆ちゃん船の言い分を聞きながら、騙しだまし航海を続けた。

臨時航行に許可期日があり、それまでに沖縄に到着しなければならないという私の判断ミスで荒れる海に出て行った間違いをTOSAはよくしのいでくれた。

この船にしては、風速25ノット、波高4mによく耐えたと感謝している。

そして船はいつも私を鍛えてくれる。

船にはその船の個性があり、意志を持っていると私は感じている。

今回は鹿児島までしか行けなかったが、来年1月には台湾まで行きたいと思っている。

航海中は辛くても、やめようとは思わないのは悪女に魅入られた馬鹿な海の男の姿なのだろう。


10月3日 

ジェットスター関空カウンターでチェックインをすると、帰りの航空券が無いのでシンガポールの入国拒否の可能性があり、ダミーのチケットでも買ってくれるようにとの事。

シンガポールからはバスでマレーシアへ入るから航空券は無いと突っぱねると、上司にお伺いを立てるとの事である。

結局、チェックインをすます事となったのだが、何かあったら責任と言われるのを回避しようと思惑である。

3時間程で台湾に到着、一旦飛行機を降りトランスファー手続きをして、同じゲートに戻ってくる。

私は、今回台湾、シンガポールの残ったお金も持ってきていたので、自動販売機でミネラルウオーターを買う。

飛行機に乗るたびにペットボトルの物は検査で持ち込めない為である。

待つ間もなく、搭乗し飛行機は滑走路へ、と思ったら又ゲートに引き返してきた。

どうやら、トラブルのようで機長が何度もコックピットから出て行った。

約1時間程遅れただろうか、再度滑走路へ向かう。

何とか飛び上ったが、あまり気持ちの良いものではない。

私は、今まで飛行機は何千回と乗ったが、命の覚悟をした思いは何度かある。

一度はエアーポケットに入って、20〜30秒位落下した時と、滑走路を飛びあがらず滑走路ギリギリで旋回した時等である。

考えてみればヨットの方が、飛行機よりもっと危ない乗り物だと思うが、勝手なものでヨットは嵐の中でもあまり恐怖が湧かない。

何とか嵐を乗り切る為に必死に操船していて、恐怖の湧く余裕が無いのが本当かもしれない。


シンガポール〜マラッカへ 

シンガポール到着後、MRT地下鉄でLavender駅へ向かうが、使用済み切符を販売機に入れると1ドル戻ってくる方法になっている。

シンガポール空港駅から2つ目で乗り換えてLavender駅に到着。

早速、朝一番で福建面を食べると、マレーシアに戻ってきたなと感じる。

生憎小雨なので、タクシーでマラッカ行きバスステーションへ行く(S$4,50)

9時半のバスに乗り(S$20)、まずはシンガポールのイミグレを済まし、マレーシアのイミグレへ、どのバスだったか分らなくてウロウロしていると、バスの運転手さんが呼びに来た。

高速道路を走る事3時間、午後1時にマラッカに到着。

まずは、パノラマバス(1RM)に乗ってマラッカ市内を一回り、戻ってきてもう一度次はチャイナタウンで降りて観光をする。

町が昔の街並みで雰囲気があり、何より骨董品店が多くゆっくり見て回る。

次は、リバークルーズ(20RM)で40分程船で観光であるが、これは夜の方が美しそうである。

マラッカの街はペナンに似ていて、マレーシアの中ではペナンに次いで好きになった。

  


ペナン浮草生活全開

ペナンの朝は勿論飲茶。

バイクでジョージタウンへ。

得意の益和茶室は九皇帝祭(ベジタリアン祭)で七日までおやすみで香港龍記茶室へいく。

シュウマイ類5皿と鉄観音茶で13rm(約350円)。

ハーバーに帰ると、皆さん動き始めている。

マレークルーのアリ、タイのタッチにロール皆元気で変わりがない。

エバとオイビン(スエーデン夫婦)は2日前に戻ったとの事。

新しく英国人トムとオランダ人奥さんが、韓国Isaacの後に係留している。

彼曰く、

「彼女は4度目の妻でクルージングが好きなんだ。君はひとりか?」

「私の妻は、日本にいてクルージングが嫌いなんだ。君はラッキーだな。」

と、何がラッキーかは分からないが取りあえずそう言っておいた。

しかし、ハーバーは、まだ一艇分スペースがあるので、今Batumauで上架している日本艇の係留ができないかスタッフに訊く。

待ち船が沢山あるが。。との事だが。。。(相談して見るとの事)

夜はカニ屋で再会と友人が世話になったお礼を兼ねて一杯飲みに行く。

カニ屋のオヤジはチャンさんと連絡をとり、私はペナン在住のM夫妻に連絡を取り、金曜に飲み会する事に決定。

私のパートナーは、カタマランの奥さん(旦那さんは日本帰国中)を誘う事にした。


円高の恩恵

ペナン、ジョージタウンの得意のインド人両替商へいく。

顔を見るなり、

「円は強いぞ!いくら換える?」

「レートによるな。」

インド人オヤジは檻中のニイチャンに訊き、計算機に410と打った。

中心公式レートが415位だから、良いレートの為余分に交換する。

1万円が410リンギット、 1リンギットが24.5円程

8月は1万円が370リンギット程だったから1割は値打ちがあがった事になり、今までの最高のレートだ。

日本では何故に円高の恩恵が無いのか不思議である。

原油価格推移(インターネット資料より)

2011/4 WTI 110.05

2011/5 WTI 101.25

2011/7 WTI  97.19

211/8 WTI 86.33

原油価格は下がり、円高なのに石油価格は上がっている。

小麦価格推移

2011/2 348.15

2011/3 316.77

2011/5 354.47

2011/7 303.88

2011/8 327.09

と、なっているが国内では小麦価格上昇と言う事で値上がりしている。

どちらも、輸入業者は限定大企業で政府のコントロールされやすい、或いは皆で一緒に価格をあげようか等と相談されては国民はたまったものではない。

政府としてもインフレにしたいし、輸入企業に利益が溜まれば税金も取りやすい等と考えるのは、下衆の勘繰りかな?

日本国民は精々海外でお土産でも買う円高メリットで我慢しなさいと言う事らしい。


今回ペナンに戻った目的

今回、ペナンに戻った目的は、3つある。

1番目:ペナン在住のIさんのパワーボートがペナンに到着する為、その手助けのスキッパーをハーバーのアリかサムに依頼する事と、その受け入れ準備。

2番目:今年到着したAさんのカタマラン42ftを以後動かしていないようなので、ランカウイ島辺りへクルージングして手続きなどを補佐する事。

3番目:歯医者と、高血圧治療にかかる事。

と、これだけだが、1番目の件は、到着が遅れて11月末頃との事で、私が廻航中のTOSAが鹿児島のハーバーに係留中で、長く係留すると費用が掛る為、用事が無ければ帰国し修理後動かしたいので、参加する事ができない。

それで事情をアリに話し、良いスキッパーを紹介して貰うようにした。

最も重要な事は狭い船上故、相性が合い、お互い信頼し助け合える感じがしなければ、腕が良くても無理である。

2番目の件は、来週辺りにランカウイ島辺りへ、出来るだけ人を誘って行きたいものである。

3番目の件は、今日は医者に行って来た。

ここは4人歯医者がいて、部屋は別々で、以前にも2度ほど直して貰ったが設備も最新で清潔、腕も良い。

悪い歯は沢山あるのだが、現状と、どう修理し費用と日にちはどれだけかかるか、色んなサジェスチョンをしてくれて無料だった。

医者が患者に納得いくまで説明してくれるのは有難い。

参考までにインプラントもNobel Biocare使用で1本6000rm(15万円)で日本に比べれば(約40万円位?)格安だが、歯の治療も随分とお金が掛る。

歳が行くとこうなるのは仕方がないか。


食べるのに忙しいけど。。。

昨夜は、カニ屋で主人、チャンさん、友人3人、M夫妻、A夫人と集まり、チャンさんの友人がカクテル作るのが趣味だとの事で、呑んだのだが、種類が少ないし、あまりうまくない。

作れるのはブラッドマリー、マルガリータ、チョコレート系味だけである。

今日は淡文の蟹の土鍋炊き込みご飯をM夫妻とA夫人で食べにいく。

これは蟹が2匹炒めた物をご飯の炊けた所で上からかけまわして、余熱で蒸らした料理で、味付けがとても良い。

この蟹土鍋飯と海藻スープといんげんのニンニク炒めに、飲物はスイカのジュースに中国茶、私はビールで一人当たり20リンギット(500円)支払い。

食後は、A夫人はM夫妻の家を見学訪問、私は薬草サウナへいく。

このサウナはタイ寺院の付属施設みたいなもので、料金(3リンギット=75円)はお布施の形で入れる。

横にタイのオバチャンがマッサージ、1時間20リンギット(500円)を、みっちりやってくれる。

陽気に隣のオバチャンと喋るのを、子守歌にうつらうつらすると、オバチャンは力を入れて寝かしてくれない。

薬草サウナはハッカ、レモングラス等を焚いた湯気がとても涼しく感じて気持ちが良い。

今日も満足、夜はダイエットにパンだけにしておこう。


ペナン島周りに戦艦が沈んでいる

ペナン島の周りに2か所日本海軍の船と1か所ロシアの船が沈んでいる。

そこは漁礁になっていて、マストにアンカーをひっかけて釣りをするポイントになっている。

数年前にドイツ人ルデイに頼まれ、彼のカタマラン46ftに釣り客を乗せ連れて行った事がある。

ルデイ自身はシンガポールで他の仕事をしていて、帰れないとの事で客も断れないと厚かましい頼みだった。

一晩で1mはありそうなエイを3匹、カジキマグロ(これも1m以上あった)1匹が釣れた。

ペナンに到着した42ftカタマランもペナン島の南でカジキマグロを釣り上げていた。

この海域は結構魚が釣れるらしい。

私はあまり釣りには興味が無いが、こんな遊びも良いだろう。

下記の魚の絵の所が沈船場所です。




悲しい知らせ

今年の3月末頃、遊帆(UFO)の前に係留している、ノルウエーの老夫婦の事を書いた事がある。

昨日、スエーデン夫婦のエバとオイビンからメールがあり、
今週月曜日、ノルウエーの御主人 Oleが旅だったとの事。

奥さんのKirstenが亡くなって半年、全て整理をし奥さんの待つ天国に旅立ったようである。

こんなに夫婦の絆とは深いものなのかと思い又羨ましく思うのであった。


May Ole & Kirsten rest in peace.

See you again , someday and somewhere.

日記 「前の船の住人が。。」


Ole Stabell, Voi Voi's captain


このハーバーも何となく動きが活発に

遊帆(UFO)の係留しているJabatanハーバーは公営で、うるさい事は言わないし、係留費も安いので皆さん一度入ったら動かない。

そういう遊帆(UFO)はドライブも外し、完全にフローテイングハウスで、将来は浮かぶ棺桶にしたいと思っている位である。

前のノルウエーの老夫婦も亡くなり、近日中に息子さんが来て整理する様で、そうなれば多分この船(43ft Oceanis)も売る事になれば出て行きそうである。

韓国Issacの係留場所にいた船は今朝ランカウイへ向け出発準備の為、イマージェンシーバースに移動し空きとなった。

ここは、日本の船42ftモノハルが係留できるように交渉済みで一応OKである。

一応というのは、口約束しても先に入ったもん勝ちみたいな所があるから分からない。

もう一艇、ペナンで退職ビザを取得しているIさんが、10月25日、フランスジャヌーパワーボート35ftがシンガポールに到着し、廻航すればペナンで係留する事になる。

現在Streight Queyのハーバーに予約を入れているようだが、メンテナンスクルー、係留費の事を考えるとこちらの方が都合が良い。

と言う事で、もう一艇のスペース確保にハーバースタッフと交渉する事にした。

現地マレーシア人の船も、最近は多くなってきて、あちらこちらの人脈を使って順番を飛ばし入ってくる交渉をしているようである。


こんなにうまい焼き豚あるか?

いつも行くカニ屋のオヤジのタンさんが、

「今度の火曜日、パーテイだ!」

「火曜日はカニ屋は休みだろ?」

「ビンさん(チャンさんの親戚)がシンガポールに引っ越しするお別れ会だ。」

との事。

火曜日の昼、バイクに乗ってハーバーへ帰る途中に、雨の女神+風神+雷神セットに襲われ、特に雨の女神の泣き方が酷く、アスファルト道路が見る間に川に変わってしまう。

突然、バイクが力なくエンスト。

スパークプラグの所に水が入ったらしい。

「日頃、乗ってばかりだからたまには押してやるわ。」

等と負けしみをブツブツ言いながら4Km程ビショ濡れになった。

途中からは、やけくそで水溜りを選って足で水を蹴って遊びながらバイクを押して帰って来た。

夜6時半、バイクはまだ動かないしと思っていると、M夫妻が迎えに来てくれる。

「今日は、子豚1匹丸焼きして持って来るんだけれど、本当に旨いわよ!」

との事。

到着した子豚を見ると、いかにも旨そう。

別にチャーシューもあるのだが、これが又絶品、今までに食べた中でイチバンである。

ビンさんが主役だが、友人も10人程集まり、食うわ飲むわ唄うわの大宴会になってしまった。

日本の唄を唄えというから、どちらにしても日本語は分からないだろうから、大学時代剣道部のコンパというと艶歌をうたっていたので、東京音頭の替え歌にした。

皆には手拍子と合いの掛け声を教える。

「〇X〇〇X〇〇X〇〇X〇♪〜」

「よしよし、それじゃいくか。

は〜あ〜、はるはよ〜いよ〜い、ちょいとさくらのしたで〜」

皆さんは意味が分からないが、M夫人は笑って下をむいている。

なかなか、合いの掛け声いいじゃないか。

これから、外国で歌はこれでいこう。




男の夢?

ペナンに昨年リタイヤービザで来られたI御夫婦がいます。

旦那さんは来られる直前に軽い脳梗塞を起こし、左半身が思うように動かなくなったのです。

今年の初めに、私の所に相談にこられました。

旦那さん曰く、

「これから船で残った人生を楽しむ積りが、こんな有様になってしまった。

こんな体でも船に乗れるだろうか?

それよりも、船の操船経験がないんです。」

海は確かに危険が沢山あります。

船が揺れてバランスを崩し落ちれば助かりません。

しかし、彼の眼は最後の夢を叶えたいと言っています。

奥さんも旦那さんに思い残す事が無いようにしてあげたいという気持ちが伝わってきます。

お節介な私は、

「私が、出来る限りのヘルプをしましょう。」

と、言ってしまいました。

すぐに、代理店に船を発注して来週にシンガポールに荷降ろしがあり、立会に旦那さんと行くことになりました。

夢が手に届く所まで来た旦那さんはリハビリに精を出し、海図の見方、航路の取り方等をパソコンで練習し、生き生きとしています。

15年程前に私も、自分の夢を叶える為に、仕事も辞めて海へ飛び出したのです。

大自然の中、嵐にあっても生きていると言う感じは今でも忘れられません。

海と船に魅入られた馬鹿な男が又ひとり増えました。


・夢を捨てたら

    悔いだけ残る

        一期一会の

            人だから

           …ゆうほ


帰国の準備

廻航中のYamaha29を鹿児島のシップヤードに海上係留してペナンにきているので、修理とその後を決める為に帰国する事になった。

前回、廻航中に内之浦から指宿の間でステイアイが破損したのを修理、スタンチューブの水漏止め、冷却水ホースの交換をしなければならない。

そして再度動ける船検を受けなければならない。

それが完了し、寒くなければ、指宿か硫黄島辺りの温泉にクルージングをする予定。

一方ペナンでは、I友人の新艇到着の為、バースの確保と準備、クルーの依頼、海図でのコースの決定の仕方等を取り急ぎしてきた。

クルーはアリを頭にし、交代で動けるものが船が動くときには同乗し、離岸着岸時にはポンツーンでも待機態勢を取る事にした。

日本から来た船、H御夫婦の船は、韓国船Issacの後にバースが決まり、11月2日にハーバーに入る事になった。

ここは、風と波がぶつかる時は揺れるが、普段は波もたたないし、前回インドネシア津波時も全く影響が無かった。

何よりも係留費の安いのが一番である。


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