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       フィリッピンNo.2レポート         1999年10月末〜11月初

10月末 :今回は家村ファミリーが里帰りを兼ねてクルージングに参加することになった。にぎやかで楽しい旅になるだろう。
       フィリッピンのビザについて
         一般観光客はビザなしで 20日くらい滞在可能だ。但し 往復航空券が必要である。私の場合 フィリッピンで航空券を
         買ったので、帰りの航空券が無いため入国できない可能性があるので、マニラー>香港を一応買って、後日払い戻しを
         する予定だ。 もし 観光ビザをとれば 60日間くらい滞在許可となる。
       フィリッピン聞いた話1(火事こぼれ話)
         前回 入国時 手数料(賄賂ともいう)の話を書いたが、あれは実際私が遭遇した事だが、フィリッピンで面白い話として
         消防所の話を聞いた。火事になって消防車が来ると、燃えている家をすぐには消さない。いくらだすか 話がつけば
         消火活動に入るというのだ。公務員の給料は安くて あぶないので 手数料なしで消火できないらしい。
         それに比べて 日本の公務員は公正で」まじめに働くと思うが、少し仕事をしすぎて融通が利かないというか、法律に
         忠実すぎて、困ることがあるように思える。勿論 法律をつくる時が問題なのだが、所詮 法律で細かいことまで
         縛れるわけは無い。大きな道筋さえ間違わなければ、細かいことは担当者の責任範囲で処理すべきである。
         そして日本では火事を消すのに、法律の条文を調べ その条文以外は動けないというような事が阪神大震災の時に
         起こったのである。フィリッピンの消防士と日本の公務員では両極端だが 消火失敗となれば結果は同じ事になる。

11月初  プエルトガレラ(Puerto Galera N13-31 E120-57)
       カイラブネを出て約 60マイルミンドロ島の先端にある。朝5時出港したのに 風が向かい風のため 入港直前で真っ暗に
       なってしまった。 進入コースは2通りあって 水路幅の広い北東にあるほうを選んで進んでいく。赤のライトがついて
       いるので それをたよりに進む。湾内に入ると 前方に町の明かりが見えるので南よりにとって進んでいく。
       突然 たくさんのヨットがアンカリングしている。無事入港だ。テンダーが小さいので、家村ファミリーと2回に分けて
       上陸する。 ここからは 家村さんの奥さんの独壇場だ。漁師の家でシャワーを浴びさせて貰い、近くのレストランで
       食事をとる。冷たいビールで乾杯した後 私は鯖の輪切り焼き甘酢あんかけ風 ファミリーはチキンカレー。
       味は結構うまい。 今日 フィリッピンは 聖人祭で日本のお盆の様らしく、町は 屋台がでていて あちこちでサイコロ
       ばくちや 的当てゲームなど音楽を鳴らしながら賑やかにやっている。
            
       プエルトガレラ港          市場                 家村奥さん&ジュン

       次の日 朝飯を食べに町へでて ラーメン風を食べる。そこの店の主人が小犬をあげると いっているので 昼から
       もう一度 出直して貰って来る。生後 2ヶ月くらいで 親から離すのは少し早すぎるが、大事にしてやれば育つだろう。
       メスなので、女の子のかわいい名前がいいという事で ドナと名づける。これから ドナとダブルハンドで航海する事に
       なるだろう。
            
       相棒のドナ
   
       次の目的地はボラカイ島の中間にある島Maestre de Campo IslandのConception港(N12-56 E121-43)を目指す。
       毎日 夜入港なので 今日は5時30分スタートした。風向きがよく セーリングで6〜7ノットで走る。
       入港直前 エンジンが止まる。ガソリンタンクのごみが詰まっているのだ。セーリングで湾内に入っていって、
       最後 少しエンジンをかけて アンカーを降ろす。修理は明日にして 早速上陸する。途端に子供達が 20人くらい
       集まってくる。 ジュンにしきりに話しかけるが、タガログ語を忘れてしまっていて、奥さんが通訳だ。
       サリサリストアーで パンと缶詰 ビール コーラ 氷を買い 井戸水で洗濯 シャワーをする。
       奥さんのおかげで どこの町でも 不自由しない。
            
        井戸水で洗濯            Conceptionの町          島の子供達とジュン
       奥さんが町で 海賊とMPA(反政府ゲリラ)の話を仕入れてきた。ミンドロ島とパナイ島の間で最近
       軍隊とMPAが交戦したらしく 急に プエルトガレラに戻ろうという事で、ボラカイ島はあきらめてマニラへ戻る
       コースに決定する。

  7日  Homilo Cove(N14-10 E 120-35) 奥深い入江になっていて 天然の良漁港だ。建設中の桟橋の東{奥のほう)へ
       アンカーを降ろす。水深2mほどある。早速 子供達がカヌーや 泳いで10人くらいやってくる。
       一番早くカヌーで来た子供が、他の子供達を取りしきっている。泳いできた子供達は ほとんどが裸でおちんちんの
       皮をむいていて、もっと小さい子供を指差して皮をかぶっているのをからかっている。
       漁師が漁から戻ってきて かつお(50cm)を買えと寄ってくる。値段は200ペソ(600円)
       ”これは 安いで かつおのたたきにしょう”という事で さばいて炭をおこして表面を焼く。
       たれは にんにく しょうが ねぎ カラマンシーでつくるがこれがおいしい味になって満足した。
       シャワーは 家村さんの奥さんが村の人の家で水を使わせてもらう交渉をしてくれた。あとで お礼をだすと
       フィリッピンにしてはめずらしく いらないといって受け取らないのでご好意にあまえさせてもらった。
       夜中に 船底でゴンと衝撃音がする。水がひいて岩にあたっているのだ。 アンカーをあげてもう少し深いところで
       打ち直す。
             
        Homilo Coveの村          200ペソのかつお          遊びに来た村の子供達

 田舎の港は 人々は素朴で 子供達は明るく マニラとは 大違いだ。村の中は ほとんど電気はなく 明かりはランプを使っている。
 夜は早く寝て朝は 鶏の鳴き声とともに起きる。村の中は サリサリストアーだけが数軒あり 日常生活必需品は 揃える事ができる。
 マニラのショッピングモールへいくと、日本の米 味噌 醤油 等 叉 海外有名イブランド品等、何でも買うことができる。
 田舎の人達のお金ではとても買えそうにない商品がショウーウインドウに並べてある。
 町にはストリートチルドレンが溢れ、公園ではパークファミリーが溢れている。
 田舎と都会の落差はどうなっているのだろう
 マニラは 私には合わない。
 田舎の村が 私にはあっている。
 

 マニラに到着して ドライブシャフトベロウズに小さな穴が開いて オイルが漏れている。一応シールをしたが交換しなければならない。
  ヨットハーバーに価格交渉後 陸揚げして、ついでに 船底塗装と ラダーのがたつきも直してしまう予定だ。


 フィリッピンこぼれ話  トイレの話
   ホテルとか 空港とかは 便器の上の便座が付いているが、一般のところは だいたい 便座が無い。
   私は する気がなくなって そこでしたことがないが どうやってするのか 考えこんでしまう。
   方法は3通りしかないと思う。
      その1. 気にしないで そのまま座ってする。
      その2. ちょっと危ないけど 便器の上にのってまたがってする。
      その3. しんどいけど中腰でお尻をつけずに する。
      暇なひとは 他にいい方法があるか 考えてメールをください。

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